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電波おやじ2016北陸の旅 PARⅦ(7/7日目)

■5月5日(木)上越市 直江津:晴れ時々曇り
今日は「旅」の最終日、昼頃まで上杉謙信ゆかりの「春日山城趾」等を見学しました。

はやる気持ちで、えちごトキメキ鉄道で直江津駅を出発!
すぐに春日山駅に到着。
駅前広場?には誰もいない…もちろんタクシー等も停まっていない。
徒歩では時間がかかりそうなのでバスで行く事にしました。

住宅地に面したバス停で降りると、朝陽をに輝く「春日山」が田園風景の向こうに見える。
あそこまで徒歩~? 「電波号さえ有れば…。」と悲しくなって来た。

帰りのバスの時間を調べましたが…駅には90分に1~2本しか戻らない運行ダイヤルでした。

この辺りは昔はどんな地形をしていたんだろか?
お城の麓に有るからこの辺りは文字通りの城下町?
何~て考えながら、初夏の陽射しがまぶしい、田畑の中の道を仕方なく、スタスタ歩く事に…。

自転車のSPEEDに身体が慣れた為、目的地になかなか着かないのが少し「じれったい」


●春日神社
朱色の鳥居が見える、「行きがけの駄賃」のつもりで見学開始∠('-')
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鳥居の先には木立に囲まれた高く薄暗い参道があり、その先には、長~い階段が有りました。

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何段有ったか?忘れました。

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長~い階段を登って来て少し火照った身体には、鳥の囀りが響き渡る境内のヒンヤリとした風が心地よかった。

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●春日山神社
「春日神社」の後は「春日山神社」「春日山城址」へと向かいました。
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こちらも長~い階段を登らないと「参拝」出来ません!

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この神社もお山の中腹に建っています。本丸までは登り坂が続き先が長いです。

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●春日山城趾
春日山城趾と博物館を巡回するバス停の前に有る高台に「よく来た、待っていたぞ」と言わんばかりの頭巾を被った「上杉謙信豪公」の像が有りました。

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「やっと、御目にかかる事が出来まして、光栄です」と写真を撮る。

春日山城趾の本丸や天守台は、ここから見える谷を挟んだ山の頂上に有ります。
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登坂をいろいろ見学しながら登ると、天守閣までは3~40分は掛かるだろう!

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それにしても、よくこんなに険しい山を削って「お城」を造ったもんだな…と関心しながら本丸・天守台を目指して登山開始∠('-')

●三ノ丸跡
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●上杉三郎宅跡
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上杉三郎さんは、越相同盟時に北条氏康の七男で、上杉氏と北条氏の同盟締結の際に謙信公の養子となった方です。
「軍神」上杉謙信公が甥の上杉景勝と共に後継者候補でした。

しかしながら、謙信公の死後、景勝と後継者争いで対立し「御館の乱」1578(天正6年)から1580(天正8年)で景勝さんとの( `_´)乂(`_´ )に敗れてご自害されましたi~~人(-.-)合掌


●二ノ丸跡
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●天守閣跡からの眺望
どうにか、頂上へ到着しました。
階段や斜面を登るのは結構キツカッタですが、ここからの眺めは素晴らしい!
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微かに日本海が望めました。

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妙高の山々の残雪が美しかったです!

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●春日山城址
謙信公率いる越後勢は、妙高高原を越えて武田信玄が待ち受ける『川中島』( `_´)乂(`_´ )へ、そして更に、三国峠を越えて関東の北条氏康が守る『小田原城』へヽ(*`0´)ノ立ち向かって行ったと思うと、当時の人々のバイタリティーには驚くばかりです∠('-')
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これは576年(天正4年)に能登国に侵攻した「上杉謙信公」が落城間際の七尾城を眺めながら詠んだ有名な「漢詩」です。
(〃^∇^)ノ□ミ∇ヽ(゚∀゚*)諸将共にお酒でも飲みながら詠んだのでしょうか?

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霜満軍営秋気清 ( 霜は軍営に満ちて 秋気清し )
数行過雁月三更 ( 数行の過雁(かがん) 月 三更(さんこう) )
越山併得能州景 ( 越山併わせ得たり 能州の景 )
遮莫家郷懐遠征 ( 遮莫(さもあらばあれ)家郷 遠征を憶(おも)う )

【 漢詩の意味 】
霜は陣営に満ちて秋気清く
数列の雁が飛び去り真夜中の月はいよいよ冴え渡る
戦勝の陣中に祝宴を張れば時あたかも十三夜の名月中天に冴え渡り
越後の山々に能登の景色まで併せ賞する事ができて武人の本懐である
さればままよ家郷の者達がこのような遠征にある身を気づかうともそれは仕方がない事である。

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●本丸跡
頚城平野と日本海の眺望が見事でした。
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●護摩堂跡

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●毘沙門堂跡
謙信公が出陣前に戦勝を祈願した所として有名なお堂です人(-_- )合掌
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●直江山城守宅跡
上杉家の重臣。直江兼次の邸宅跡です。
本丸に近くにある事は上杉家がいかの彼を頼りにしていたかを伺い知る事が出来ます。
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●虎口
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●御花畑跡
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●帯廓
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●空堀

現在でも搦め手と本丸方面を連絡する深い「切通し」となっており、築城当時の深さは想像できません。
ここを越えて行くには大変な困難が待ち受けていたと思います( `_´)乂(`_´ )
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千貫門から空堀を見ると、堀の深さが分かります。
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●千貫門
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春日山神社へ抜ける山道を下る途中で、可愛い~うす紫色の「シャガ」の花が咲いていました。

初夏の日差しに輝く「春日山城址」から、謙信公の銅像前に戻り、小休止。
巡回バスで上越市埋蔵文化財センターへと向かう。


●上越市埋蔵文化財センター
ここでは謙信公や春日山城址を紹介する資料やレプリカが「越後上越謙信公と春日山城展」として常設展示されていました。
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謙信公の鎧です。

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●林泉寺
謙信公は享禄3年(1530年)、春日山城で越後守護代であった父長尾為影公と母虎御前の間に生まれました。
7歳から林泉寺を学問所として学ばれました。
同寺の七世益翁宗兼(やくおうしゅうけん)大和尚から『第一義』の真意を学ばれて二階造りの山門を寄進、更に山号『春日山』、『第一義』の大額を揮毫され掲げられました。
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惣門そうもん
謙信公により春日山城から移築されました。
往時を今に伝える唯一の門です。
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カキツバタの向こうには山門が見えます。
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山門
謙信公建立の山門は江戸時代末期の地震で焼失し、大正時代に再建されました。
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山門には謙信公の直筆による大額が掲げられていました。
春日山_convert_20160809215246
こちら側の大額には【春日山】の文字

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第一義_convert_20160809220609
こちら側の大額には【第一義】の文字

龍図①_convert_20160809230053

山門の天井にはいまにも飛び出して来そうな二匹の龍の絵が描かれていました。

龍図②_convert_20160809230640

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天正6年(1578年)3月、49歳で春日山城でお亡くなりになった謙信公のお墓です。

謙信公のお墓_convert_20160809221904
i~~人(-_- )合掌・・・謙信公 ご挨拶に参りました。

川中島戦供養塔_convert_20160809223740

謙信公説明書_convert_20160809224811

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本堂
平成9年 開創500年を記念して建立されました。
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林泉寺を見学したあと、春日山駅まで徒歩で向かいました。
何気に振り返れば、春日山が輝いてました。
謙信公、また、参ります∠('-')

●春日山駅
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トキメキ鉄道で直江津駅へ向かい、そこからはJR信越本線で長岡駅へ。
更に上越新幹線で大宮経由で練馬の自宅に戻りました。

次は、ここから日本海側を北上して、竜飛岬経由青森までツーリングしたいと思います。
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プロフィール

55GATs

Author:55GATs
年齢57歳 男性 血液型O型 身長176㎝ 体重67.4㎏ 体脂肪率21.4% BMI21.8 内臓脂肪レベル7 体年齢41歳 未婚
某通信会社勤務 
趣味:①ロードスポーツサイクルでの全国縦断の旅。札幌~稚内を走破すれば「全国縦断達成」②1/144の戦車や飛行機スケールモデル造り。③読書(特に歴史時代小説)④映画観賞(但し、ホラー等の怖い、気持ち悪いのはダメ)⑤TV視聴:頭を使わない『白痴TV番組』等が多い。
⑥お酒は何でもOK(お付き合い程度)

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