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電波おやじ2014年関西の旅(奈良~和歌山~大阪)の旅 PARTⅢ

■11月3日(月)文化の日 晴れ
●住吉公園
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国道26号線沿いの関西特有の「派手」な「コテコテ」模様で装飾しているビルや店舗を横目で見ながら、昨日廻れなかった「住吉さん」へと向かう。

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昨日の曇り空が嘘のような青空の下、秋が深まる住吉公園へ到着。

「汐掛道顕彰碑」
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石畳道の参道を進むと「汐掛道顕彰碑」があり、昔の面影と名前の由来が記されていました。
昔はこの辺りまで海岸線になっていたんですね…。


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大社まで距離もだいぶありそうだな…なんて思っていたら、公園と大社の間には商店街はもちろん、路面電車も走っていて、公園と大社を合わせるとサッカーコートや野球場が数個は入る程の広大な敷地面積になっていた事に改めて驚かされてしまいました。

●住吉大社
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神功皇后が三韓征伐(仲哀天皇9年:西暦200年)からの帰途、住吉三神を祀ったのに始まる歴史の古い神社です。

下関、博多の住吉大社と共に「日本三大住吉」の一社に数えられ、別称として住吉大神宮とも言われており、毎年初詣の多さで有名な神社です。
地元では「すみよっさん」と呼ばれる「海の神様」です人(-.-)

住吉万葉歌碑
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住吉大社は白砂青松の景勝地であり、古代より万葉歌人が度々お詣りに訪れ住吉にまつわる多くの歌が詠まれています。

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よじ登ると言った方が適切なくらい急な住吉反橋(太鼓橋)を登り、境内へと向かう。

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反橋の上からの眺め。

●住吉鳥居
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境内には第一から第四本宮までの大きく立派な木造りのお社が4つも境内に「でェン」と建ってました。

「はったつさん」人(-.-)
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商売発達・家内安全の「はったつさん」
住吉大社独自の信仰で、大阪のみならず全国より沢山の人が参拝に訪れます。

初辰(はったつ)とは、毎月最初の辰の日のことで、この日に参拝すれば、より一層力を与えて守り助けてもらえると信仰されています。
4年を一区切りとして、48回参拝すれば、満願成就となります。
これは、四十八辰、つまり「始終発達」するという意味からきたもので、4年間月参りを続けられるというのは、それだけ「無事発達」している事でもあります。

●楠珺社(なんくんしゃ)
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近くには樹齢1000年を超す大きな楠(くすのき)もあり、「大社」と言うだけあって大変静かな境内の中にあります。
電波おやじは、裃(かみしも)を着た初辰まいりの土人形の「招福猫」を実家のお土産として2匹(正確には2体)買いました!

四十八体(始終発達)集めると「満願成就」だ!ニャン!!

後日、実家へ「みやげ」として届けたら、この前TVで「裃(かみしも)着た猫チャンたちが映ってた…」と母が申してました。
全国的に有名なんですね…改めて感心しました人(-.-)

「おたき道」の指さしに従い更に境内を進む
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「石舞台」が見えて来ました。
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日本三舞台(住吉大社・厳島神社・四天王寺)の一つがこの石舞台であり、重要文化財に指定されています。
毎年五月の最初の卯の日に行われる卯の葉神事で、「奉納舞楽」を舞うとの事です。
「すみよしさん」で日本三舞台を制覇しましたが、四天王寺にもありましたか?記憶が定かではないのが残念です。
また、行くしかないか!

●住吉反橋
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この太鼓橋を渡ればお祓いになるとの信仰があります。
確かに行も帰りも「コケズ」に渡れれば「厄」が落ちそうなくらい、急勾配でした。
石橋の橋脚は、豊臣秀頼や豊臣秀吉の側室・淀君(茶々)が慶長年間に奉納したものと伝えられ、木製の橋桁や欄干は2009年に掛け替えられたものです。

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帰る頃には気温も温かくなり「七五三」のお参りや参拝客で大分賑わい出しました。

船の絵馬
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「海の神様」だけあって、船の絵馬が奉納されてました。

緑豊かな境内に別れを惜しみつつ、次の訪問地「阿倍野神社」へと向かいました。
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阿倍野神社
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建武の親政後、勢力を拡大した足利尊氏(北朝側)と対立し、後醍醐天皇や楠正成、新田義貞らと共に南朝側の武将として活躍した北畠顕家を祀る阿倍野神社へ到着。

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明治23年(1893年)に南朝方について各地を転戦した延元3年(1338年)に足利方に敗れ亡くなった北畠顕家と、その父の北畠親房を祀り、建武中興十五社の一社として斎行された神社です。
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●「北畠顕家」公像
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文保2年(1318年)~建武5年(1338年)
文武両道ともに優れた人物で、公家でありながらも武将として、足利尊氏や陸奥守当時の奥州の武家(御家人)らと互角に渡り合えるほどの卓越した手腕と戦略眼を持ち合わせており、また、若年ながらも南朝軍総大将の新田義貞と同様に後醍醐天皇から期待されてました。、
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戦死する7日前に新政の失敗を諌める奏上文「顕家諫奏文」を遺した事からも、政治家としても「先見の明」もありました。
もし歴史にifがあるとしたら、後醍醐天皇が彼の諫言を聞き入れて「建武の新政」を行っていたならば、その後の歴史も少しは変わったのかな?と思います。
しかし、やはり公家以上に実力を着けた武家社会には抗えず、結局は誰かが「幕府」を造ったとのでは…と思ってしまいます。

境内を本殿へと向かう。
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境内には顕家公の像の他に、同公と共に遠く故郷を離れた異国(浪速:なにわ)の地で闘い、散って逝った南部師行らの奥州武士団を祀る社もありましたi~~人(-_- )合掌

●北畠公園
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北畠顕家の霊廟がある北畠公園を訪れ、改めてi~~人(-_- )合掌・・・

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●阿倍野ハルカス
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大阪市阿倍野区にある2014年3月に開業した地上60階建て、高さ300mで、日本で最も高い超高層ビルです。
近鉄百貨店・美術館やホテル等が入っていて、遠くかられでもよく見えます!

●安居神社
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言わずと知れた、「日の本一の兵(つわもの)」真田幸村公最期の地です。

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数年前にも訪れましたが、やはり、またお参りに来てしまいました人(-_- )合掌

●さなだ松
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毎日、境内や階段を「掃き清めて」掃除されているおばさんが「幸村さんにお参りして頂き、有難うございます」との言葉をかけられました。
今も大阪の人にとっては彼は「誇り」であり「英雄」なんですね!
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負け戦(いくさ)になる事を知りながら、「意地」を通して、ひと暴れした彼の生き様に憧れてしまいました!

●真田山公園
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この辺りは慶長20年(1600年)の大阪夏の陣の古戦場となっており、昭和14年(1939年)に旧陸軍騎兵第四連隊のあった跡地を公園としたものです。
平成の時代、秋空の下を子供たちが元気に駆け回ってました。(平和が一番)

●心眼寺 真田幸村 出丸城址
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真田山公園から坂道を下り心眼寺へ至る寺町通りは、観光ガイドさんの旗に導かれる様に多数の老若男女がゾロゾロと詰めかけ、そんなにもお寺巡りが好きなんだ?と思って関心してました。が!
何故か?みんな心眼寺へ入って行くではありませんか??

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六文銭のバッジを着けたボランティアのオジサンの説明をチャカリ聞きつつ、写真を撮ろうとしましたが、後から来る見学に来る人波で、「六文銭」の幟を撮るのも一苦労しました。

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●三光神社
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ここには人はいないだろうと思い自転車で3分程離れた「三光神社」へと向かう。

●真田幸村公の像CIMG5154_convert_20150112134137.jpg
やはりここも人だかりがしていた。

●真田の抜け穴
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参拝者が増えたのか?それとも近年の「戦国時代」ゲームの関係か?少年少女(元、少年少女を含む)が詰めかけており、数年前に訪問した時と比べて、幸村公の銅像の背後には「真田丸」を模したオブジェが展示されていたのには、少し驚きました。
さすが大阪商人、なんでも商売の糧にしてしまいます。恐れ入りました。

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本殿に参拝して、幸村公と一族郎党のご冥福を祈りました人(-_- )合掌


大阪環状線の玉造駅近くで昼食後、国道308号線・県道702号線・県道で東大阪市の「司馬遼太郎記念館」へと向かう。

●司馬遼太郎記念館
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午後の日差しが眩しい昼下がり、近鉄奈良線の八戸ノ里駅前から布施高校裏を回り、自宅兼記念館の「司馬遼太郎記念館」へ到着。

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記念館の外観は予想に反して近代的独創的な外観となっていますが、ご自宅は木々が生い茂る林の中のまるで、別荘の様な佇まいでした。

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記念館の内部には床から数十メートルの本棚一面に司馬先生の著書や、作品を作成する為の資料になったと思われる蔵書が所狭しに格納されており、蔵書の数には大変驚きました(◎o◎)

帰りはJR長瀬駅(JRおおさか東線)近くのクロネコヤマトの営業所から電波号を輪行バッグで一足先に帰宅させ、電波おやじはJR・新幹線で江戸へと戻りました。

★本日の走行距離:28.25km
★★累計走行距離:198.4km

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プロフィール

55GATs

Author:55GATs
年齢57歳 男性 血液型O型 身長176㎝ 体重67.4㎏ 体脂肪率21.4% BMI21.8 内臓脂肪レベル7 体年齢41歳 未婚
某通信会社勤務 
趣味:①ロードスポーツサイクルでの全国縦断の旅。札幌~稚内を走破すれば「全国縦断達成」②1/144の戦車や飛行機スケールモデル造り。③読書(特に歴史時代小説)④映画観賞(但し、ホラー等の怖い、気持ち悪いのはダメ)⑤TV視聴:頭を使わない『白痴TV番組』等が多い。
⑥お酒は何でもOK(お付き合い程度)

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