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2010年東北道自転車の旅:平泉~青森・弘前編 PARTⅠ

旧盆にご先祖様の~(m´ρ`)mが出ない様にお墓参りやお線香を上げてから、昨年の秋のお彼岸(近頃はシルバーWeekなんて呼ぶそうですが…。)に行った成増(東京都練馬区)~平泉(岩手県)の自転車旅行の続きへ出発しました。

事前準備として今年の夏は、猛暑・酷暑と言うより【激暑】的な炎天下に、埼玉県内の川越、忍(行田市)、岩槻、武州松山(東松山市)の県内四城をめぐる、対熱および対暑訓練を行いました。
しかし、余り効果はなかったみたいです…北に行けば涼しいと思ったのですが…(T_T)

■8月15日(日)10:25:1日目 
東北新幹線~東北本線経由で昨夜の壮行会の深酒でつらい眠い目をこすりながら平泉へ到着。
平泉駅
お盆休みにも関わらず多数の観光客が降り立っており、駅前には環境問題と世界文化遺産登録準備の為か、ママチャリの他にベロTAXI(自転車タクシー)が盛んに走り回ってました。
地球温暖化防止の為にも、ベロTAXI(自転車タクシー)の更なる導入促進を応援します。
平泉ベロTAXI
少し早目の昼食を取り、国道4号線で田園風景の中、奥州市(前沢~水沢)へ北上を開始する。

■14:00 えさし藤原の郷(水沢市)
NHK大河ドラマのオープンセットは山間部までの広大なセットな為、全部見学するには2時間程かかるとの事です。
当日は郷土芸能の勇壮且つ華麗な【江刺鹿踊り】を見学出来て大変感動しました。これを生で見られただけでも今回の旅は満足です。

江刺鹿踊り

■義経屋敷では源 義経や静御前達の人形が観光客を出迎えてました。
源 義経静御前
■弁慶の館では、履いた下駄の他に、展示してある薙刀(なぎなた)を持ち上げると野太い声で『太刀をオイテケ~』と初めて義経(当時は牛若丸だったかな?)と京の五条の橋で出会った時の決め台詞を響かせてました。
弁慶
■出演者の手形も展示されてました。
手形:出演者
(上段手前から渡辺 謙、村上弘明、中段手前から、三田佳子、松たか子、下段手前から竹中直人、沢口靖子、敬称略)

■政庁政庁
何だかんだで小一時間を過ごした後、南方より黒い雲が近づくので急ぎ今夜の宿(新花巻駅)へ向かう。
ここで一雨来ても降ってもらって火照った身体を冷やすのには丁度いいか…?と思うのもつかぬま、雲間から身体が溶けそうな強烈な太陽が襲いかかって来た。

17:00 汗と汚れでドロドロになってやっとの思いで宿に着く。
出迎えてくれた宿のオヤジさんが(私もおやじだか…。)何処から走って来た?何で自転車旅行してるんだ?どうして黒いんだ~ぅぁ~?と質問をたたみかけて来た。

■花巻冷めん
★花巻令めん
宿のオヤジさんに何処か酒と晩飯を食べさせてくれる所はないか?と尋ね、紹介された所は徒歩5~10分程にあるレストラン+喫茶店+田舎の無人野菜販売所の様な所、味は美味しく、お酒も旨い!
最後は地元の■花巻冷めんで締めました。
因みに、ソフトクリリームの様な(`<≡辛い、唐子を全部溶かして食べた人はいないとの事でした。

●走行距離:72.47km

■8月16日(月):2日目:晴天
宿のオヤジさんに見送られ、夕べのやたらと辛い地元名物【花巻冷めん】の田舎レストラン前を右折して、県道286号線(広域農道)で先日の大雨で川幅が広がっている北上川を渡る。ほんの数分しか走っていないのに汗ダラダラ(〇o〇;)小一時間程で国道4号線(奥州街道)に出て花巻城址へ到着。

■10:12 花巻城址
花巻城址
康平5年(1062年)前九年の役で安部貞任が北の厨川の柵へ逃れる途中、鶴脛の柵と記録されており、この柵(城)が稗貫群にあって、後の鳥谷ヶ崎城(現在の花巻城)であったのではないか、と言われる程の古い歴史のある城です。
花巻城案内図
案内図からは同城の思ったより広く、小一時間程の散歩程度では回れそうもないので■園城寺門のみ見学しました。

■園城寺門
園城寺門
戦国時代のものとは思えない程、手入れの良く行き届いた美しく頑丈そうな城門でした。
園城寺門説明文

■10:22 鳥谷崎神社
鳥谷崎神社

■奉納お釜

鳥谷崎神社:お釜さすが南部鉄で有名なお土地柄だけあって境内にはお釜が奉納されてました。

花巻城址を後にして、国道4号線で盛岡市へと北上する。
北に行けば少しは涼しくなるとおもったが逆に暑くて仕方がない(>_<)手拭いは汗で湿りはじめている。
花巻空港に近い為か?JALが夏空に銀翼を輝かせてトンボみたいに旋回している。

■10:55 奥州街道:享保追分の碑奥州街道:享保追分の碑
享保追分の碑説明文
信号待ちで、視線を飛行機から地上に下ろすと足元には奥州街道追分の碑が、そして、交差点の反対側には『銀河鉄道の夜』『雨ニモマケズ』著者で有名な宮沢賢治が教諭として勤務した
花巻農学校
の後身に当たる花巻農業高等学校への標識があるのではないか!花巻農業高等学校標識
奥州街道は奥が深い!この先が楽しみだ。
暫く行くと高校生?大学生?の団体さんとコンビニで出会う。驚いた事にママチャリで盛岡から仙台まで菓子やジュース類をカゴにいっぱい積めてツーリング中との事。道中安全にとエールを交換し、オラも若い衆に負けずに出発するベ!
■11:07 逆ヒバ逆ヒバ
伝説によれば、今から1200年ほど前に、弘法大師が諸国巡行の折、この地に立ち寄り、湧き水でのどを潤をそうとして休憩しました。その際、地面に挿した杖が根付いたのが逆ヒバといわれ、杖はそのまま根を張って大きくなったといわれています。

たいした距離を走っている訳ではないが、この暑さで、少し走るだけで汗が噴き出る、想像より早く体力を消耗する。
岩手県は四国4県分ほどの面積があるとは聞いていたが、水分補給するにもコンビニ間の距離がやたらと遠く、自動販売機もスポーツドリンクは売り切れ状態。おまけにご丁寧に『在庫薄でしばらく入荷しません』と張り紙がしてある(o_o;)
雨でも降れば少しは涼しくなるのでは?と思い『霊感が有るんだ!』と言ってたIさんへ『雨乞い』のご祈祷をメールで依頼する。
~(ノ゜O゜)ノご祈祷が効いたのか?紫波町を過ぎる頃には少し曇り始め、更に追い風も出て来た事を幸いに盛岡市へ入る。

■13:40 盛岡駅盛岡駅
予定より早く盛岡駅へ到着する。お盆休みを兼ねての旅行する人たちなのか、駅前の公園はたいそうな人出だ。

■13:51 開運橋
開運橋
夏の暑さでヤラレタ訳ではないが、盛岡市のシンボルのこの橋を渡ると『何か良い事が有るのでは?』と期待してしまう…のは!?やはり、おかしいか?

■14:00 日本百名城 盛岡城址
慶長3年(1598)南部信直が築いた南部氏盛岡藩20万石の石垣が美しい居城です。
盛岡城下
石垣を登ると木立の中を心地よい風が吹き抜け行き、汗が引くを感じる。
(;´▽`)ゞ~~~木陰は良いな…。
■本丸跡
盛岡城本丸跡■本丸(左)と二の丸(右)に架かる朱塗り橋本丸と二の丸に架かる朱橋

■南部利祥(南部家42代目)像台座
台座

南部利祥(南部家42代目)
台座の上には明治38年3月4日日露戦争で24歳の若さで戦死された南部利祥(南部家42代目)陸軍中尉の騎馬像があったとの事です。しかし、残念な事に、太平洋戦争時にお国の為にと供出されてしまいました。
南部利祥説明文


■盛岡城址公園

堀跡を市民の憩いの水辺として活用している緑の美しい公園でした。
盛岡城址公園

■14:37 旧盛岡銀行(岩手銀行旧本店本館)旧盛岡銀行(岩手銀行旧本店本館)
開運橋で北上川を渡り盛岡城址方面に向かう途中の左側に、明治時代の古い建物(記念物?と間違える様な造り)がひときは目に付きました。中を覗くと仕事しており、現役の銀行として利用されているのに驚きました。

■14:47 盛岡八幡宮
盛岡八幡宮
康平5年(1062年)源頼義が前九年の役の安倍氏討伐に際し、戦勝祈願の為、京都の石清水八幡を勧請したのが始まりと伝えられてます。
境内では馬で有名な盛岡八幡宮ならではの、馬を図案に取り入れた『うまくいくお守り』が売られてました。
秋祭りでもある八幡宮例大祭(9月13日~16日)神事流鏑馬(やぶさめ)と4日3晩、盛岡の街全体が大変賑わうとの事です。
盛岡八幡宮社殿
文禄2年(1593年)、南部氏が盛岡城を築城した際に、鎮守社として再建しました。延宝8年(1680年)には青森から南部氏の崇敬社であった櫛引八幡を盛岡城下である現在地に遷座させ「新八幡」と称しました。
社殿拡大朱色の色彩が大変綺麗な社殿

盛岡八幡宮説明文

■明治天皇御聖像・御聖跡碑
広い境内を歩いていると、恐れ多い事に明治天皇の御立像がございました。
明治天皇像
どちらも明治9年明治天皇御巡幸を記念して建立。聖像は昭和50年、碑は昭和15年に建てられました。御聖跡碑は、当神社の馬場にて、明治天皇が県内で産まれた馬を天覧下さった事を記念したもので、「明治天皇産馬天覧御聖跡」とありました。

■15:32 石割桜
盛岡地方裁判所の敷地にあり、海外の観光客も盛んにシャツターを切ってました。
石割桜全体

石割桜説明文

石割桜拡大本当に岩が割れてました。

■わかめの天ぷら
わかめの天ぷら
地元の格安居酒屋で『わかめの天ぷら』を初めて体験する。油の塊を食べている様で、身体に悪そうな感じがする。
隣の席で同じものを注文していた東京で情報通信関係のSEをしていると言う若い衆も、わかめの量の多さと値段の安さに驚いていた(゚o゚)


●走行距離:69.85km

■8月17日(火):3日目
■9:58 厨川八幡宮

厨川八幡宮
国道4号線で厨川の柵跡と言われていた厨川八幡宮、安部神社へ向かう。
本来の厨川の柵はここではないが、国道から100mほど入った所の住宅地や幼稚園と隣接してるお社境内は、
鬱蒼とした雑木林の中にあり、お社の直ぐ裏は濁流渦巻く北上川となっていた。
安部神社北上川
ここが、前九年の役で源 頼義や八幡太郎義家 父子を散々に手こずらせた安部一族を祭るお社だと思うと何故か悲哀を感じてならない。

■10:16 安部神社安部神社鳥居

■貞任宗任神社貞任宗任神社
安部神社から少し離れたの所に、前九年の役で厨川の柵に立てこもり、討ち死にした安部貞任と弟の宗任(伊予へ配流)を祭る神社があります。こちらの方は参拝する人があるのか、小奇麗に掃除されておりました。

■10:47 酒買地蔵尊
酒買地蔵尊
北上川沿いに市内を通ると何故か?この御めでたい神社の前に出て来てしまった。
お酒の神様が呼んだのかも知れない!

酒買地蔵尊由来記
地蔵尊の説明書きには、何時の時代でも何処でもお客様を大切にしましょう!と説明されてました。
宮沢 賢治像や楽器等のオブジェが通りを行く観光客の目を楽しませてました。宮沢賢治像


自転車からバスへと切り替え、盛岡市郊外、御所湖のほとりの繋(つなぎ)温泉へ向かう。
まずはその前に、盛岡名物の冷めんで昼食。盛岡冷めん

■16:29 繋(つなぎ)温泉
バス停で待っているとついに今回のツアーで初めての雨となった。
『たまには、雨音を聞きながらの温泉も乙なもの』などと車窓の雨滴をボ~と眺める事、小一時間ほどで温泉街へ到着する。
観光案内所で日帰り温泉を紹介してもらい、いざ温泉へ(^O^)つなぎ温泉
こんな雨の中、温泉に入りに来る奴なんか誰もいない、名前も知らない野鳥のさえずりを聞きながらの貸し切り露天風呂だ!
温泉を出て缶ビールで『至福のひと時』をくれた繋温泉に乾杯する。
生き返る、幸せな一時…やはり、これだけはもの足りない…早く戻ろう!
繋温泉郊外
帰り道、雲間に薄日が差してきた、明日も暑くなりそうだ!

●走行距離:13.04km

PARTⅡ 二戸~三沢・青森編へ続く!

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プロフィール

55GATs

Author:55GATs
年齢58歳 男性 血液型O型 身長176㎝ 体重67.4㎏ 体脂肪率21.4% BMI21.8 内臓脂肪レベル7 体年齢43歳 未婚
某通信会社勤務 
趣味:①ロードスポーツサイクルでの全国縦断(外周)の旅。②1/144の戦車や飛行機スケールモデル造りとオークション販売。③読書(特に歴史時代小説)④映画観賞(但し、ホラー等の怖い、気持ち悪いのはダメ)⑤TV視聴:頭を使わないUFO・宇宙人・UMA(未確認生物)や白痴TV番組等が好きです。
⑥お酒は何でもOK(お付き合い程度)

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