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電波おやじ2013年 京都~奈良の旅③

11月24日(月)

●大和郡山城址8:52

奈良2日目 朝の奈良は寒い。
JR奈良駅前の吉牛で朝飯後、県道754号線を大安寺交差点で県道122号線へ乗り換え、旧市街地の中を国道24号線(奈良バイパス)方面へ向かう。
大和郡山は「金魚」で有名な町。
街道沿いの所々に、これが金魚池(?)と言うような大きな養殖池(?)が点々と現れて来ました。

近鉄橿原線の踏切の向こうに、大和郡山城の標識があり、その脇の坂道を地元の高校生が自転車を押しながら登って行きます。
電波おやじは年甲斐もなく、見えを張って一気に登ろうとしますが、けっこうな勾配加減できつい。
そして長い…どうにか登れましたが、周りの景色を見ている余裕はありませんでした(~Д~;)

城跡は県立郡山高校の敷地となっており、石垣とお濠が見事な城跡となっていました。
さすが大和・和泉・紀伊の三国、百万石を領有した太閤秀吉の弟、大和大納言豊臣秀長100万石の居城だけだった程はあります。
大和郡山城址①

大和郡山説明書き

郡山高校の通りには地元の名産の「金魚とねこ」の碑がありました。
金魚の碑

●柳沢神社
柳沢神社
城内へ入ろうとしましたが、柳沢神社の鳥居が建っていました。

柳沢神社石碑
川越のお殿様にもなった柳沢吉保公を祀る神社でした。

大和郡山城址②

大和郡山城址②説明書き

誰もいない城内には、紅葉が赤く色付いていました。大変美しい~♪
大和郡山城址紅葉①

大和郡山城址紅葉②

大和郡山城址③

大和郡山城址説明書き②

大和郡山城址お濠

この城は、豊臣秀長が入城するまでは、織田信長の支援を受けて大和一国を統一した戦国大名の筒井順慶:天文18年-天正12年(1549-1584)が居城としてました。
また彼は、PART1の日和見主義の代名詞にもなった「洞ヶ峠を決め込む」でも有名な戦国大名です。
でも、しかし出陣していないと言うのがどうも真相のようです。
筒井順慶の本名は藤勝(ふじかつ)。順慶は法名ですi~~人(-.-)
もともと筒井氏は、大神神社(現奈良県桜井市)の神官の家系だったとの事です。

●法隆寺10:13
法隆寺は高校時代の修学旅行以来だ…38年振りか?
あの時のみんな…オヤジとオバサンになっているんだろうな…中には爺と婆になっている奴もいる鴨?
なん~て「つぶやき」ながら…聖徳太子が建て、俳人 正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の俳句で有名な法隆寺へと向かう。
大和郡山から県道9号線経由で再び国道25号線で斑鳩(いかるが)の里に入ると、田園風景と住宅街の所々に大小のお寺が現れて来る。さすが!大和の国 「お寺」が多いi~~人(-.-)

天気快晴!順風にも乗り快調に飛ばす!
法隆寺へ向かうのか?道幅の狭い国道25号線を観光バスやクルマが多く通り過ぎて行く。
「ぺちゃんこ」に轢かれそうなので歩道へ逃げながらも予定より早く到着。

法隆寺前で国道25号線を境内へと右折する。
街路樹やみやげ物店が立ち並ぶ境内の参道と思っていた…この道は県道146号線です。
既に観光バスから多数の見学者が境内へと向かってました。
法隆寺境内説明書き

とりあえず電波号を駐輪できる場所を探しながら南大門へと向かう。
法隆寺南大門への参道

南大門の脇へ電波号を立てかけて何気に視線の先を見ると、先が見えない程、ずーと先まで「法隆寺」でした。
法隆寺長い参道わき…。
法隆寺がこんなに広いとは…( p_q) 

●法隆寺南大門
法隆寺南大門
法隆寺の玄関にあたるこの門は永享10年(1438年:室町時代)に再建されたものです。
阿吽(あうん)の像が仏敵を追い払う様に怖い顔して睨んでました。
電波おやじなら…たぶん「アィ~んの像」ですかネ?

      阿像    吽像
         中門金剛力士(阿形)                  中門金剛力士(吽形)

法隆寺石碑
境内には日本で最初の【世界文化遺産】の石碑がありました。

法隆寺紅葉
こちらの紅葉も見事でしたo(^◇^;)o

●金堂(飛鳥時代)
法隆寺金堂
法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂が金堂です。
内部には有名な金銅釈迦三尊像や樟(くす)で造られた我が国最古の四天王像(白鳳時代)が安置されています。

●五重塔(飛鳥時代)
        法隆寺五重塔
我が国最古の五重塔で、基壇上からの高さな32.5mあります。
塔はストゥーパとも言われお釈迦様の遺骨を奉安する為のもので、仏教寺院においては最も重要な建物と言われています。

確か?奈良の修学旅行のお土産は「金ぴかの五重塔」の置物でした。

●大講堂と梵鐘(共に平安時代)
大講堂と鐘楼
このお堂は仏教の学問を学んだり、法要を行う施設です。
鐘楼と共に延長3年(925年)に落雷により焼失、正暦元年(990年)に再建されました。

鐘楼
この鐘楼の中の白鳳時代の梵鐘は、今なお当時の音色を響かせているとの事です。
梵鐘

紅葉
回廊から見た紅葉もまた、( °o°)ハッとする程の美しさでした。

●金堂、南大門、五重塔
影法隆寺

東大門から「夢殿」へ…。

●夢殿(奈良時代)
夢殿
行信僧都(ぎょうしんそうず)と言う高僧が天平11年(739年)に聖徳太子の遺徳を偲んで建てた伽藍を上宮王院(じょうぐうおういん)と言い、その中心となった建物が夢殿です。
特徴ある八角円堂の中央の厨子(ずし:仏像,仏画,舎利,経典などを安置するいれもの)には、聖徳太子等身大の秘仏久世観音像(飛鳥時代)が安置されています。

●JR法隆寺駅13:03法隆寺駅ホーム
夢殿を見学した後、JR関西本線の法隆寺駅から奈良駅へ輪行。
奈良駅も法隆寺駅も「お寺」の様な造りではなく、何処にでもあるような近代的建築の駅舎だったのが少し残念でした。

JR奈良駅より、東大寺の続きと以前見学出来なかった「正倉院」を見学しに出発!
東大寺遠望
大仏池方面から東大寺金堂を遠望。紅葉が、池に映えて美しい!13:58 

東大寺遠望Ⅱ
大仏殿(金堂)を反対(裏)側見るのは、南大門方面から見るほどの華やかさはありませんが、遥か遠い昔に、この広い場所に何があったのか?想像するのもなかなか興味は尽きませんでした…。

東大寺裏紅葉
東大寺の裏手には見事な紅葉がありました。

●正倉院14:14
正倉院

正倉院説明書き光明皇后が聖武天皇の偲び、お使いになっていた品々を高床式倉庫へお納めしました。までは電波おやじの薄学な日本史の知識でも理解しておりますが。
誠に残念ではありますが、現在、修復工事に付き見学は出来ませんでした(ノ_<。)
あと数年、全完成までかかりそうです…(。>_<。)。

JR奈良駅15:41
「せんとくん」に正倉院の修理が完成した頃、また来るからね!と挨拶して、JR奈良線で京都と帰路につきました。
せんとくん2

最後までご覧いただきまして、誠にありがとうございました<m(_ _)m>

ではまた次回のツーリングの時にお目にかかりましょうネ…。
(⌒0⌒)/さいなら 埼奈良 サイナラ by淀川長治



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プロフィール

55GATs

Author:55GATs
年齢56歳 男性 血液型O型 身長176㎝ 体重67.4㎏ 体脂肪率21.4% BMI21.8 内臓脂肪レベル7 体年齢41歳 未婚
某通信会社勤務 
趣味:①ロードスポーツサイクルでの全国縦断の旅。札幌~稚内を走破すれば「全国縦断達成」②1/144の戦車や飛行機スケールモデル造り。③読書(特に歴史時代小説)④映画観賞(但し、ホラー等の怖い、気持ち悪いのはダメ)⑤TV視聴:頭を使わない『白痴TV番組』等が多い。
⑥お酒は何でもOK(お付き合い程度)

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