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電波おやじ 高麗川の旅(番外編:歩きの旅)

■10月17日 晴れ
前週末に町田の酒酔賢人と秩父吉田町龍勢(農民ロケット)を見逃した為、日帰りで日高市の高麗神社と巾着田(きんちゃくだ)巡りをしました。

10:50 JR高麗川駅
池袋からT武東上線(急行)で川越へ、川越線に乗り継ぎ、秩父の山々が間近に見えるJR高麗川へ到着。
東京から一時間ほど離れているだけで、空気も爽やかに清々しく、これだけ自然が残っている事に改めて驚かされました。

早速、昼飯のバーベキュー用の食材とビールを買い込み、徒歩20分程の距離を秋空の下、川底の小魚まで見える澄んだ高麗川を渡り、高麗神社へ向かう。

■高麗神社
まずは、『旅の無事と世界の人々がより一層幸せになれます様』にと参拝。高麗神社鳥居
天智天皇2年(663)8月27日、日本と百済(くだら)の連合軍は朝鮮半島の白村江(はくすきのえ)で、唐(とう)と新羅(しらぎ)の連合軍に敗れました。
その結果、百済は663年に滅亡。高麗も668年に唐・新羅連合軍によって滅ぼされました。

高麗滅亡時に我が国(倭国)の各地に分散亡命していた高麗国の王族や移民を一地域に集めて安住させる為、武蔵国(現:埼玉県+東京都+神奈川県の一部)に高麗郡が設けられました。

高麗郡が新設されたとき、その首長を命ぜられ郡をおさめたのが、高麗王若光です。
彼は666年に高麗王族で外交使節として我が国やって来ましたが、日本に留まっている間に高麗国は滅亡してしまいました。
当時の朝廷も朝鮮半島の進んだ宗教や文化を吸収する為、高麗王若光を文武天皇大宝3年(703)の頃に従五位下に任官され、更には高麗王族として特に優遇されました。
高麗郡の地名は1889年(明治29年)まで引き継がれ、子孫が代々神主を務めていました。
高麗神社社殿
高麗と言えば中学校の社会科で高句麗の英雄「広開土王の碑」を思い出しました。
確か碑文には『我が国(倭)がここまで攻めて来たが、広開土王が追い払いました!』と習いました。O( `_´)乂(`_´ )O

最近の韓国のTV番組で、高句麗建国の主人公:広開土王をペ・ヨンジュン(ヨン様)が主演した歴史ドラマ「太王四神記」が放映されていました。たぶんヨン様ファンの聖地の一つとなっているのではないでしょうか?

駐車場の『天下大将軍』『地下女将軍』の大きな昇り旗を見て、昔の朝鮮には女性の『将軍様』がいたのか?などと思いながらが本殿に向かう。
境内には狛犬の代わりに羊が神殿を守っていました。
各施設の説明書きも、日本語と朝鮮語にて併記され、一種独特な雰囲気を醸し出していました。

高麗神社やこの付近の歴史は古く、大和・奈良時代にまで遡り、朝鮮半島系の人々が移り住んだ場所である事は、小中学校時代に漏れ聞いて学んでおりました。

境内の説明書きも、日本語と朝鮮語にて併記されておりました。

■聖天院
高麗神社の参道から横道に入り、5分ほど静かな住宅の間の道を歩いて行くと、丘陵を圧する様な伽藍が見えて来た。聖天院

寺の正面には、高麗神社と同じ様に「天下大将軍」「地下女将軍」と書かれた石柱が門番の如く建っている。
その先の山門には天井から巨大な『雷門』提灯が下がっており、左右には風神と雷神の像が安置されてました。
聖天院由来

この寺院は高句麗から渡来亡命した高麗王若光の菩提寺として、侍念僧・勝楽上人の遺志を受け継ぎ、弟子の聖雲(若光の第三子)らが創建したと伝えられている寺院です。
聖天歓喜仏を本尊として祀ったことから、聖天院の名がで広く伝わり知られています。

■高麗王廟高麗王廟

「高句麗若光王陵」碑は、大韓民国の元首相・金鐘泌氏の揮毫で書かれたのもです。

■巾着田(きんちゃくだ)
高麗川の蛇行により巾着袋の様な地形となっている為、この地名が付いています。
ここは、曼珠沙華(まんじゅしゃげ):別名/彼岸花の国内最大の群生地です。
曼珠沙華が満開の頃は、この辺りは真っ赤な花で埋め尽くされていた事でしょう!今は、季節も終わり、花は散り茎だけ残るのみ。何故かこの場所の空気が物悲しい~。

花言葉はやはり「悲しい思い出」でした…。

お彼岸の頃に咲く事から「死人花」「幽霊花」の様な怖い呼び名も付いています。
花には毒があり「毒花」「痺れ花(しびればな)」などと呼ばれています。
その反面、水にさらして毒を抜くと食用が可能との事です。しかし…食べた人は…。

へ(-_- へ)~何かが写るかも知れないので、写真は撮りませんでした。
高麗川の河原でお酒を飲んで“お清め”をしました(*^¬^*)ノ□

■公園
コスモス畑
巾着田と隣接しいる公園は丁度、美しいコスモスが満開で、訪れた人たちの目を楽しませておりました(ノ^∇^)ノ 
こちらの方が綺麗_(´ー`*)_
花言葉も「乙女の真心」「乙女の愛情」
(ピンク)「少女の純潔」 (赤)「調和」 (白)「美麗」「純潔」「優美」

今回の日帰りの旅で印象に残ったのは、古代から日本と朝鮮半島はお互いに深い関係があり、また、現在においても続いている事を忘れてはならないと思った秋の一日でした。

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プロフィール

55GATs

Author:55GATs
年齢57歳 男性 血液型O型 身長176㎝ 体重67.4㎏ 体脂肪率21.4% BMI21.8 内臓脂肪レベル7 体年齢41歳 未婚
某通信会社勤務 
趣味:①ロードスポーツサイクルでの全国縦断の旅。札幌~稚内を走破すれば「全国縦断達成」②1/144の戦車や飛行機スケールモデル造り。③読書(特に歴史時代小説)④映画観賞(但し、ホラー等の怖い、気持ち悪いのはダメ)⑤TV視聴:頭を使わない『白痴TV番組』等が多い。
⑥お酒は何でもOK(お付き合い程度)

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