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2016日本海(直江津~青森)の旅 PARTⅣ(7~8/9日目)

7月29日(金)晴れ

●JR能代駅

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朝から良い天気\(^o^)/

今日はバスケットボールで有名な能代工業高校のある能代市から、青森県JR鯵ヶ沢駅前の民宿までの100kmが目標です∠('-')
電波おやじも高校生に負けずに頑張るぞε=ε=┏( ・_・)┛
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青空の下、駅前にはクルマが2台停まっているだけ。
何だか妙に…懐かしい感じがしました。


●米代川
駅前から県道205号線を経由して、米代川を渡る。
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県道205号線の架橋から日本海方面、国道101号線の架橋を望む。
川風が清々し~♪(^^♪


●国道101号線
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気温30℃を「みちのく一人旅」
前方に「陽炎(かげろう)現象」が現れる。


●道の駅みねはま「おらほの館」
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交通渋滞等、無縁な国道沿いの面白い名前の道の駅で、小休止。

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●白神山地遠望
坂道を下った先に、山々が見えて来た。
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あれが、有名な「白神山地」か!と美しい山々と緑の田園風景に思わず立ち止まる。
またもや、小休止。


●リゾート列車
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時折、国道101号線(大間越街道)と並走する五能線には、周囲に溶け込む様な色彩のリゾート列車が走ってました。
今度来る時には、あれに乗り「旅」したいですね。


●八森岩館 秋田県立自然公園 ハタハタの里
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ここは『秋田音頭』に歌詞~♪に出てくるハタハタ漁で有名な土地です。
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見下ろす日本海の波も穏やかで、この先の旅路も安心・安全に走れそうな予感がします。


●湯沢の浦
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人影が無い浜辺を見ながら、昔は街道はどんな状態だったのだろう…?と小休止
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●五能線脇の「サル出没」
日本海が「キラキラ」と輝いている~♪
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線路と畑を隔てる柵も無い五能線を「電車は来ないかな~♪」と「ボ~と」眺めていたら、背後から誰かに見られている気配が…。

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何と!ネギ?くわえた「おサル」の看板だった。
もしかしたら、何処かでこちらを見ているのかも?


●あきた白神駅前
海沿いのルートはいつしか山間部へと変わる。
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どれくらい「山道」を走っただろうか?太陽に照された北翆(みどり)が美しい白神山地の麓山に出て来た。


●高い恐い「橋」
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白神山地からのせせらぎを集めて流れる渓谷を渡る。

自転車から見る「視点」は高く、怖くて…足がすくむ(*_*)
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「高所恐怖症」の為、ビクビクしながら写真を撮る。

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シャッターを押すにしても、大きなトラックが通り過ぎる度、橋が揺れて、スゴク怖い(ρ_;)
自転車は左側通行だが、クルマが来ない事を確認して、恐る恐る国道101号線のセンターライン踏みながら逃げる様にを走るε=ε=┏(>_<)┛


●道の駅 はちもり 「お殿水」

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津軽の殿様が「甘露」「甘露」と大変お気に入りになったとの事です。
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弘前から江戸までの「参勤交代」は、さぞかし大変だったでしょう!
今では誰でも自由に持ち帰ることが可能との事です。

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それにしても、暑いな!

●青森県秋田県 県境
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坂道を登りきれば「青森県」ダε=ε=┏(>_<)┛


●ふかうら 危険「熊出没注意」
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この辺りには (`<≡ガぅ~ が居ても不思議デナイですね。
出て来そうなので逃げますε=ε=┏(>_<)┛


●木蓮寺海岸
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美し日本海を眺めているだけで「癒されます」

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●再び、五能線
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日本海を眺めながら走っていると、どこからか爆音が聞こえてくるが、爆音の原因が見当たらない?

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何と!軽トラックの裏から小型ヘリコプターが白煙を吐きながら離陸しました。


●十二湖駅前
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気づかなければ、そのまま通り過ぎてしまいそうな「駅舎」前の定食屋で、ラーメンで昼食をとる。

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外は「カンカン照り」

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(ノ><)ノ出発するのが、キツい!辛い!暑い!の3拍子


●深浦町沢辺
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木陰がほとんどのない「街道」を真昼に自転車で走っていたら間違いなく「熱中症」になるだろう!
休み休み走るしかない!
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「西浜街道」の石碑越しの白神山地が大変美しい!

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●深浦町役場
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八森山の麓にある役場へ到着した頃には風も思いっきり「順風満帆」状態\(^o^)/
ただ、少し風 ツヨスギ! 


●深浦港
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●日本海沿岸
沖の岩礁では海鳥(カモメとウミネコの区別がわかりません)が、翼を休めていました。
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●追良瀬川 鮎見橋
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気持ち良さそうに漁師の方が、鮎釣りしてました。



●千畳敷
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奇岩が所せましと敷き詰められている千畳敷で小休止。

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迫力とその広さに圧倒されました。



●安東水軍

ルート脇に地元の造り酒屋の「安東水軍」の赤い幟がはためいていました。
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軽く一杯飲みたいです。


●津軽藩鰺ヶ沢町奉行所跡と城の下の井戸
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鰺ヶ沢警察署の前にありました。


●JR 鰺ヶ沢駅前
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駅前の民宿へ到着。
ハチ公が待ってました!

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2階の部屋からは駅が良く見えました。

駅舎からの放送で…五能線にトラブル発生? 
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しばらく列車が上下線とも止まってました。


●晩飯
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美味い! ただ一言でした。


■本日の走行距離:107.74km
■■累積走行距離:642.95km



■7月30日(土)晴れ

●民宿の朝飯

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しっかり食べて、今日も頑張りましょう!


●岩木山遠望
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民宿の2階から名峰 岩木山が良く見えました。


●ツバメ
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※鍵をかけていない民宿の車庫では、親ツバメがセッセと雛に餌を運んでいました。
※民宿の真ん前に交番があり、悪い事する人がおりません。


●7時半頃の鰺ヶ沢駅前
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人影が少ない…。



●県道12号線
民宿から再び国道101号線(大間越街道)に出て、竜飛岬を目指す。
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途中、左折し一面田んぼの県道12号線へルート変更する。

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気温も31℃、木陰を探す様に走る。
人がいない、時たまクルマが通り過ぎるだけ…。

オラ~♪こんな村嫌だ~♪ オラ~♪こんな村嫌だ~♪のフレーズが頭をよぎる。



●史跡 亀ヶ岡石器時代遺跡
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変化に乏しい田園風景の先に、「亀ヶ岡遺跡」の文字が見えて来た。

早速、見学!
中学や高校の社会科歴史の本で見たことのある土器のオブジェが「薄目」でこちらを見ている。
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大昔から、この辺りは実り豊かな土地だったんですね。


●日本名勝 百選の松
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牛潟大留池脇を進むと、ホームセンターや涼しそうな松林が見えて来ました。
あそこで少し休もう。

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●十三湖
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岩木川が流れ込む十三湖に到着。

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この湖は汽水湖でシジミが有名です。

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1340年に起こったとされる大津波で衰退するまで、博多や堺と並ぶ国際貿易港として繁栄していたとの事です。

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それらを裏付ける様に、周辺には多くの史跡がありました。
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●折腰内マリントピア(なかどまり)
国道339号線で日本海沿岸を北上する。
十三湖から中泊町にある道の駅 折腰内マリントピア辺りまでのルートは比較的キツい坂道は少ない楽なルートでした。

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昼食後、マリントピア内の水槽の魚(名前は分からないが、刺身したら美味しそうな魚)や、おばちゃんが焼いているイカを眺めていたら、雲行きがなんだか?下り坂に…。
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坂道を自転車で下るのはいいが…。
天気の下り坂は…問題だ!

まだ、先には
キツい坂道が続く津軽半島が待ち構えていた(」゜□゜)」


●津軽国定公園 七つ滝
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マリントピアからさほど離れていない所に、津軽の山々から流れ落ちる大きくはないが、美しい「滝」が有りました。


●津軽半島遠望
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七つ滝の先の海岸線からは、見るからに手強そうな津軽の山々(坂道)が人の往来を拒む様に聳えていました。


●津軽半島
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坂道を登るかと言うより、最早、「登山」と言った方がいい程の急勾配を「漕ぎ」「押し」そして、また、登る事、2時間程の体力消耗戦の末、「てっぺん」まで到達。



●眺望台
麓からここまで、急勾配の登り坂で苦戦し「えらい目」に会いました。
苦しかった分、見渡す景色は最高です!
麓から霧が上がって来た! あまりゆっくりと休んではいられない。
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途中の下り坂を「人生、下り坂最高!」と「つぶやき」ながら走っていると、前方には道幅いっぱいに「日本サル」の群れが行くてを阻む様に道路を占拠していました。

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回りに誰も居ない(熊が出そうな山道)事を確認しながら思わず、ベルを鳴らし「犬猿の仲」の「犬」の鳴き声(ワン、ワンではなくガォ~♪ガォ~♪)の真似して山へ追い返しました。


<●青函トンネル慰霊碑
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竜飛岬へ向かう途中に青函トンネル建設に殉じられた方々の「慰霊碑」か北海道を眺める小高い丘に静かに建っていました。
この方々の犠牲が有って「青函トンネル」か完成した事を忘れてはなりません人(-_- )合掌

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●竜飛岬
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ついに到着しました本州の北の外れ、向こう側は北海道です。

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●紫陽花の花
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●「津軽海峡冬景色」の歌碑
石川さゆりの「津軽海峡冬景色」が♪流れる歌碑で、到着の記念写真を一枚か、パチリ!
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●津軽海峡竜飛岬燈台
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歌碑の向こう側に白色の燈台が見えます。
あそこまで、行って来ます。

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急な坂、階段を登ること約10分程で燈台へ到着しました。

陸奥湾沿いに青森市方面を望む
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岬の灯台からは北海道がうっすらと見えました~♪


●青函トンネル本州方基地龍飛 遠望
燈台から内陸へ目を移すと、数枚の小さな看板が並んでいるのが見えました。
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この辺りから津軽海峡の下を堀始め「青函トンネル」を完成させたんですね。

今度、高倉健さんの「海峡」を観たくなりました。

●竜飛本マグロ

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この「海峡」にはこんなにも大きなマグロがいるそうです。


●国道339号線 階段国道
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津軽海峡を横目で見ながら海岸線へと下って行くと、「階段国道」の看板が現れる。

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●民宿二階からのいか釣りの漁火
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陸奥湾の浜辺沿いの民宿からは「いか釣り」のいくつもの幻想的な「漁火」が見えました。


■本日の走行距離:81.03km
■■累積走行距離:723.98km


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2016日本海(直江津~青森)の旅 PARTⅢ(5~6/9日目)

■7月27日(水)雨のち曇り

●酒田市郊外
昨夜のTV ニュースの天気予報通りに「雨」になりそうなので、レインウェアを素早く
取り出せる様に準備しながら、国道7号線を秋田市目指して北上開始!
酒田市郊外の雨_convert_20170507084702
しかしながら、市街地を出るとすぐにご覧の通りの雨となりました。


●山形県遊佐町付近

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その昔、この町の町役場へ営業に行きました。
街道沿いは昔のまんま、でした。
ルートは国道7号線から日本海を眺めながら走れる国道345号線へと変更する。

●山形県秋田県県境付近
雨雲に霞む鳥海山を右手に見ながら県境へと向かう。
もうじき秋田県だ!と気合いを入れて坂道を登り始めたら、後輪がパンクしてしまった。
よりによって、県境付近でパンクなんて…雨も降って来そうだし、何が「原因」なんだ!と怒りを抑えながらチューブを交換する。。
何と!1cm程のクギが刺さっているではないか!
何でこんな物が落ちているんだ?祟りか?(」゜□゜)」助けて
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修理は終わったが空気がなかなか入らない、甘い空気圧のまま「何処かに空気入れ貸してくれるところはないかな?」と、雨の羽州浜街道(国道345号線)へと走り出す。

どのくらい走っただろうか?坂道を下った先にガソリンスタンドが見えて来た、「助かった」「地獄に仏」人(-.-)合掌人(-_- )合掌
空気入れをお借りして自転車もOK! 「元気出して!再出発!」

羽越本線の女鹿駅付近で再び国道7号線へルート変更。

●TDK研究所
国道・号線の坂道を登って行くと、交差点の向こうにカセットテープで有名な懐かしい「TDK」の3文字が見えてきた。
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この辺りが、同社の創業者であり、また、後に科学文化庁長官になった齋藤憲三氏の出身地です。

●亀田城
信号待ちをしていると「お城」の標識が十字路脇の草むらから頭を出してました。
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ここから20km 程の山間部に「お城」が有るのか?

●秋田ロケット実験場跡
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国道7号線沿いのJR 羽越本線の道川駅にに近い勝手川の手前に記念碑の案内標識があり、海岸に出る途中に「記念碑」が有りました。

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ここから戦後の混乱期を経て、日本独自の力で1955年8月6日に「ペンシル300」ロケットを皮切りに、翌年の9月24日にこの海岸線からカッパ1型を打ち上げに成功しました。

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こんな、誰もいない、寂しい場所でロケット造って、打ち上げていた事に驚きました。

●雄物川
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曇り空の下、秋田大橋で雄物川を渡り、秋田市内へ入る。
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立派橋桁だ!と感心して川面を見ているうちに、雨が降って来そうな雲行きになって来た。

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少し先を急ごう。

■本日の走行距離107.09km
■■累計走行距離467.19km



■7月27日(水)雨のち曇り

●秋田駅前
秋田駅前_convert_20170507095119

今日もあまりに天気が良くないみたいだな…。と、つぶやきながら、朝飯を買いに秋田駅まで10分ほど「散歩」する。
秋田きりたんぽ屋_convert_20170507095148 - コピー
「きりたんぽ」食べてなかったな…。

駅前のJR東日本 秋田支店前に『東北3大祭り』の一つ、『竿灯祭り』の提灯が掲げられてました。
JR秋田支店前竿灯祭り①_convert_20170507100342

JR秋田支店前竿灯祭り②_convert_20170507100406
余計なお世話だけど、提灯は、雨に濡れても大丈夫なのかな?

アーケード内竿灯祭り提灯_convert_20170507100044
アーケード内にも竿灯祭りの提灯がありました。

朝飯食べたら、早めにスタートしましょう!

●秋田城趾のお堀
ホテル前竿灯祭りの提灯幟_convert_20170507101623
宿泊したホテルの前は佐竹藩の秋田城趾となっており、フェンス越しには竿灯祭りの幟旗(のぼりばた)が、雨の中はためいていました。

●秋田県庁
お堀沿いに市街地を抜け、秋田港方面へと向かう。
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途中、道筋の両側に官庁街が見えて来ました。
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●秋田市役所 
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足しげく「お勤めに」に向かう後ろ姿が、まるで「お城」に出仕する江戸時代のお役人の様に見えてきました。
文字色

●秋田市体育館
前方に銀色した、UFO みたいな建物が見え出来た。
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「何だろう?」と交差点を渡り近づくと体育館でした。
それにしても大変珍しい、個性的な構造物でした。
後日、調べたところ、バスケットボールの地元のプロチームの秋田ノーザンハッピネッツホームグラウンドとの事でした。

●秋田城趾
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ここが古代の大和朝廷時代から関ヶ原の戦いで敗れ、常陸(現、茨城県)から減俸の上、転俸させられた佐竹氏が駅前に「秋田城」を築くまで、国の政治や軍事の中心地となっていた場所でした。
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現代とは異なり、当時は日本海沿岸が外国との貿易港として栄えており、秋田港もそのひとつでした。
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また、県道を挟んだ先には復元された大和朝廷時代の遺構の「門」があり、当時の栄華を偲ばせていました。

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それにしても、広い敷地だな~。

傍らには、当時の官公庁の建物(小屋みたいな)の模型が展示されていました。
お役人はこの地まで、遠い大和の地から転勤して来たんですね!

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広い敷地の為、現在も発掘が行われているとの事です。
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交差点で振り返ると、苔むした秋田城址の石柱がひっそりと建ってました。
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●道の駅  てんのう
秋田市から能代市方面へとルートをとり、通称「なまはげライン」で「八郎潟」へと向かう。

高い構造物もない県道脇の林の向こうに、一際高い展望台みたいな背の高い建物が「ポッんと」見えてきました。
何だろう…?と思いつつも「昼飯の時間だ!」と●道の駅へ到着。
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そこには、売店とレストランの先には、先程見えた展望台?が、仰ぎ見る様な迫力を持ってドーンと建っていました。 
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●能代なまはげ
昼食後、一雨来そうな空模様を気にしながら出発!
曇り空の下、国道脇に大きな恐い顔した「なまはげ」発見!
包丁を持ったらこの大きさの「なまはげ」がいたら…さぞかし「恐いですね」
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(`<≡≡悪い子は、いねガぁ~。

(`<≡≡言うこと聞かネイ子は、いねガォ~。


●八郎潟の田園風景
「なまはげ」に挨拶して道を進める。
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見渡す限り道は「平らダ!」

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ここを干拓地にするまでどれくらいの人員と時間がかかったのか?

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それにしても「広い」
楽なルートだが、日陰で休む場所がなかなか見つからず、外灯もほとんどのないい。

強調文●北緯40.LINE
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八郎潟を抜けて今日の宿へと向かう。

今日は短いルートで楽ちんでしたε=ε=┏( ・_・)┛

■本日の走行距離67.92km
■■累計走行距離535.11km





2016日本海(直江津~青森)の旅 PARTⅡ(3~4/9日目)

■7月25日(月)新潟~鶴岡:曇りのち晴れ

●新潟港


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今日は少し曇りかな…低い雲が垂れこめている。
なるべく海岸線沿いの坂道を登らない国道113号線を選択。

まずは、信濃川河口の「新潟港」を見学から始めましょう!

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昔はここの港から「島流し」や「佐渡の金山掘り」で有名な「佐渡島」へ船が出ていたんですね…。
※正式には寺泊や直江津辺りからの出船だったと思いますけど…何だかんだ怖い港デスネ。

「船」の次は「飛行機」を見に国道113号線で新潟空港へと向かいました。

●新潟空港
新潟港から15分程走っただけで着いてしまった。
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クルマはたくさん駐車しているが、何故か?ヒコーキの爆音が聞こえない空港でした。


●阿賀野川
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空港から直進する様に県道17号線・松浜橋で阿賀野川を渡る。

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そして歩道の脇を水路が流れる国道113号線と合流し、聖篭町・新発田市と北上する。

●越後の里 親鸞上人地立像
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幾つかの海水浴場やゴルフ場を通り過ぎると、左側に大きなお坊さんの像が見えて来た!

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あれが、親鸞さんか!
i~~人(-_- )合掌・・・南無阿弥陀仏

●はまなすの丘(中条町)
日本海沿いに北上して来た国道も国道113号線も、いつしかと国道345号線へと名前が変わる。
国道のナンバーが大きくなるに従い、気温が高くなったみたいダ!
身体が太陽に焼かれているのが分かる。
日陰もコンビニ等が大分前から見当たらない…。

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『逃げ水現象』が現れて消える国道の先に、緑に囲まれた丘を発見!
一息つけた。

小休止しているとクロスバイクで長野→長岡→新潟→山形県内のルートで北上し、最終目的地の北海道を目指しているツーリング中の青年と出会う
彼曰く、尻が痛くて【痛リング】だそうです!
彼とはその後、新潟・山形県境まで抜きつ抜かれずで所々で出会うこととなりました。
(〃^∇^)ノ暑いですネ! 調子はいかがですか? ヽ(゚∀゚*)。
 

●お幕場大池公園
荒川を渡り村上市へ入り、「県北の白鳥の湖」として知られるお幕場大池公園で小休止。
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ここは日本の白砂青松百選に選ばれ、砂丘湖「大池」があります。

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昔の村上藩のお殿様や家臣がここで幕を張り、野宴を楽しんだ事から『お幕場』と呼ばれています。
池にはハクチョウがのんびりと水面を泳いでいる姿に癒されました。


●粟島汽船のりば(岩舟港営業所)
『粟島汽船』の看板が出て来たので、船でも見るか!と少し寄り道しました。
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しかし残念ながら、汽船は停泊していません。

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仕方ないかと岩舟海水浴場への坂を登りかけた正午頃、どこからか汽笛が聞こえて来ました!
小さな漁船に導かれる様に、丁度、汽船(フェリー)が入港して来ました。
※写真の真ん中あたりに、小さくフェリーが写ってます。

●瀬波温泉海水浴場
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日本海の砂が所々に溜まっている『坂町鼠ケ関道』県道3号線から、色とりどりのビーチパラソルが立てかけられている海岸線が見えて来た。

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沖には『粟島』が見えます!

ここは電波おやじが小学生高学年だったか?中学生だったか忘れましたが、家族旅行で訪れた事がある海岸です。
その頃は、新幹線もない時代で、ただ長時間、車窓から田園や山また山の変化に乏しい風景を見て、どこへ連れて行かれてしまうのだろう…少し不安だった事を思い出しました。

因みに、ここは電波おやじが二十代半ばまでの『北限の地』(最北端)でもありました。
現在は、電波号で稚内の宗谷岬まで到達してますε=ε=┏(>_<)┛

昔も今と変わらない綺麗な海でしたが…なんだか寂しい海岸だったと記憶しています。
しかし現在はごらんの通り、大きな観光ホテルもある大変にぎやかなビーチとなっていました。


●道の駅 笹川流れ(夕日会館)
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瀬波温泉で昔の懐かしい幼き頃の思い出に浸った後は、再び国道345号線でサケが遡上する三面川を渡り、再スタート。

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美しい日本海の景色を見ながらのツーリングはいいが、天気が良すぎて…暑すぎる。
そして、なかなか売店やコンビニらしき建物も見当たらない。
鼠ケ関までの50km程の行程で唯一休憩できる場所でした。

何故か?午前中出会った長野のお兄ちゃんもここでご飯とアイス食べてましたσ(~~~、)

電波おやじはお先に行ってます~♪と声かけて再出発∠('-') 

●新潟漁協山北支所遠望
ここは山形県との県境の村上市でも最北端の漁港です。
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だいぶ北まで来たな…。
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漁港の外れの変わった形の岩(奇岩)が印象的でした。
今夜の宿まで、もう少し!

●鼠ケ関
狭い海岸線を国道345号線と並行していた羽越本線を勝木駅付近で渡り、勝木の交差点で国道7号線と合流。
まだ、先は長い…と交差点のコンビニで小休止していると、午前中出会った長野のお兄ちゃんがお先に~♪と通り過ぎて行く。

どうにか新潟・山形県境まで辿り着いた。
県境の展望台には、やはり長野のお兄ちゃんが小休止してました。

山形新潟県境
展望台から国道7号線、新潟方面を望む

暑い一日でしたね!とお互いにエールを送り、お互いの『道中の無事』を祈りつつ∠('-') 
ここから彼は更に北上して鶴岡酒田、更に北海道方面へと走り出して行きました。

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ここからは、先程の新潟県最北端の漁港の『奇岩』が見えました。


●県境の展望台下の駐車場より、新潟県側を望む
新潟県側_convert_20170505180030

●県境の展望台下の駐車場より、山形県側を望む
山形県側_convert_20170505180143

●あつみ温泉入り口
『大きなこけし』が旅人を癒す様に『微笑みながら』建ってました。
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ルートを国道7号線(羽州浜街道)から右側のトンネルへ、更に県道44号線を旧温海町役場前(現、」鶴岡市役所温海庁舎)を通り、温泉街までの坂道をヨイショ、ヨイショと駆け上がる。

夕暮れの山々にはヒグラシの鳴き声を聞きながら、『燈』が灯る夕暮れ時の旅館へと無事に到着しました。
あとは温泉入り、冷えたビールでも飲みましょう!

■本日の走行距離:118.88km
■■累計走行距離:291.39km




■7月26日(火)鶴岡~酒田:曇りのち晴れ
●あつみ温泉 温泉神社

あつみ温泉神社_convert_20170505182421

あつみ温泉説明書_convert_20170505182702

昨夜の雨も上がり、今日も朝から少し蒸し暑い。
あつみ温泉神社のひまわり_convert_20170505183328
朝食後、宿から歩いて1分も掛からない場所にある、温泉を祀った珍しい名前の「温泉神社」へ参拝しました人(-_- )

与謝野晶子の歌碑_convert_20170505183104
境内は小さいが藤沢周平や与謝野晶子ら小説家や文豪にも愛された可愛い「神社」でした。


藤沢周平(回天の門)_convert_20170505184404

温海川沿いの温泉町街から一気に海岸通りの国道7号線(羽州浜街道)まで下る。
国道7号線あつみ_convert_20170506094219
やはり、火野正平さんではありませんが (^<≡≡「人生下り坂 最高!」です!

●暮坪の立岩
国道7号線の海岸線は、かれこれ12~3年ほど前、温海町が2005年に鶴岡市と合併する前に、山形市内から営業に通ったコースです。

暮坪の立岩看板_convert_20170506094958
懐かしい海岸線と『奇岩』で有名な暮坪の立石が見えて来た。

暮坪の立岩_convert_20170506095048
どうして仕組みで直立しているのだろう…やはり気合か!
思わず拝んでしまいました人(-.-)合掌

●塩俵岩
塩俵岩_convert_20170506095427
暮坪の立岩の先には俵(たわら)の様な岩石が城壁の如く、そびえてました。

●留棹庵島(りゅうとうあんじま)の灯台

更に進むと、大波にさらわれそうな、小さな灯台が見えて来ました。
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伝説によると祭神の事代主神(大国主命の子)が、出雲の国から海を渡って最初に上陸 した土地との伝説との事です。

奥羽本線の高架を登り、高速道路のICをくぐり、鶴岡市内へ入る。
右手に懐かしい『月山』が見えて来た、思わず人(-_- )合掌

●三宝荒神社(さんぼうこうじんじゃ)
鶴ヶ岡城址へとルートを回すと街中に巨大な朱色の鳥居が建っていました。
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早速、見学するも、駐車中のクルマがオモチャに見えるほど大きい為、車道に出て素早くシャッターを切らなければなりませんでした。

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いろいろな教えがご教示されておりました人(-.-)合掌

●鶴ヶ岡城址鶴岡公園
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曇り空の下、どうにか『鶴岡のお城』へ到着。

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●藤沢周平記念館
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城趾入り口に「たそがれ清衛平」「武士の一文」等の時代小説家で有名な藤沢周平記念館の案内が有りました。

館内では山形県の美しい自然を巧みに写し出した映像と共に、周平先生の膨大な著書や書斎が再現されていました。
※残念ながら館内は撮影禁止となっておりました。

●荘内神社
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ここは「徳川四天王」と呼ばれた庄内酒田藩の藩祖酒井忠次から4代の藩主を祀る神社です。

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これからのツーリングの無事を祈願しました人(-_- )合掌

●鶴岡城趾
現在は市民の憩いの場となっている城跡を散策しました。

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お堀の菖蒲を眺めていると、堀端をスマホ片手に地元の高校生、大学生、はたまた、じいちゃんまでが「ポケモンGO 」している姿には少し驚きました。

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こんな時代になるとは…酒田藩のお殿様もあの世でびっくりしてるのでは?

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広~い、広場?

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お濠には噴水が…。

鶴岡城址お濠のハクチョウ_convert_20170506121258
よく見ると、ハクチョウが気持ち良さそうに泳いでました。

●御城稲荷神社
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キツネ・お稲荷さんがお祀りされてました人(-.-)合掌

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●JR鶴岡駅
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鶴岡駅に寄り道

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駅前広場には、重そうに米俵を担いでいる銅像がありました。

鶴岡駅前重そう_convert_20170506132830
後姿も重そうでした。

ラーメン屋から月山方面遠望_convert_20170506133949
羽後本線の高架手前の蕎麦屋から出ると懐かしい方~♪ 月山が見える。

●国道7号線(バイパス)より鳥海山を望む
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国道7号線で酒田市へ向かう。
田んぼの向こうに「鳥海山」が見えて来た。
この辺りは変わらないな~しみじみ。

●両羽橋
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この橋で最上川を渡る。
橋の柱には、酒田市のシンボル「獅子頭」が歯をむき出しながら笑い?怒って?付いていました。

●酒田市(山居倉庫)
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ここには酒田市で最も有名な観光地です。

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「お米」を含む数多くの物産が集められ商いされて、酒田港から船や鉄道で全国へ送られて行きました。
確か?NHKの朝ドラの「おしん」もここで働いていた設定でした。

●酒田港
最上川河口の酒田港へ
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以前、山形県で3年間仕事をしていましたが、ここには初めて来ました。
この港から、最上川流域の産物を日本海経由で京都や大阪へと運び、また、関西や大陸方面からも同様に人やいろいろな品々を運ぶ重要な拠点となっていたんですね。
現在も港にはハングル語、中国語、ロシア語の文字が書かれている船が停泊していました。

●日和山公園
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港の脇に小山があり、そこには樹木に覆われて気がつかなかったが小さな「燈台」が日本海を見渡す様に建ってました。
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西陽に照らされた酒田港、最上川河口、さらに日本海の雄大な景色が美しかったです。


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子供が走る公園内に移すと何故か?池の中に「和船」が停泊してました。

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あれが「北前廻りの船?」と思った時には歩みは既に「船縁」の直ぐ近くまで行っていました。

●川村瑞賢の像
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明暦の大火の際に、木曽福島の材木を買い占めて大金持ちになり、また、最上川の水運を用いた運送や、外海航路である東回り航路や西廻り海運を起した事で有名な「川村瑞賢」の像がありました。

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松尾芭蕉も訪れていました。

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ここは1989年に日本の都市公園100選にも選定された、美しい公園でした。

●旧本間邸
玄関
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夏の日暮れは遅い。
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宿へ戻る前にあと数ヶ所回ってみたい。と市役所前から大地主で大商人で有名な「本間さん」のお宅の前を通る。

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黒塗りの板塀が西陽に照らされて輝いていた。

●酒田駅
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1976年(昭和51年)10月29日に発生した、酒田大火の反省と「火の用心」の戒め、厄除けから駅前広場の交差点に一対の「獅子がしら」が睨む様に設置されてました。

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この火災で 一般 市民に犠牲者は有りませんでしたが、酒田地区消防組合の消防長1名が殉職し、また酒田市中心部の商店街約22万5000m(22.5ha)を焼失しました。

(`<≡≡火の用心

今日はここまで、宿に戻り酒でも飲みますか!
酒田日本酒_convert_20170507070828

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■本日の走行距離:68.71km
■■累計走行距離:360.1km



2016日本海(直江津~青森)の旅 PARTⅠ(1~2/9日目)

文字色■7月23日(土) 直江津~長岡:晴れ
今回は、GW(ゴールデンウイークの略)の旅の終点である直江津・春日山駅からスタートして、津軽半島の先端にある『竜飛岬』を目指しました∠('-')

上越妙高駅までは北陸新幹線で向かい、そこからは妙高はねうまライン(えちごトキメキ鉄道)に乗り換えて春日山駅に到着。
駅からは愛車:電波号を先送りしていある国道8号線(直江津バイパス)沿いにあるクロネコヤマトの営業所まで徒歩で向かう。

●上代文化発祥の地 国府
営業所からしてスタートして間もなく、住宅街の通りに面した一角に、お母さんと子供が仲良く手をつないでいる像が見えて来た。
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『国府公園』と銘がある。
『国府』と言えば越後の国の今で言うと県庁ではないか?早速、見学開始。
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いろいろと刻まれているが、太古の昔からはここが文化の中心として栄え、後に越後の国府が置かれたとの事です。


●史跡 御館
ここは謙信が関東管領上杉憲政を迎えた時にその居館として建設した関東管領館の事で、謙信公の亡き後の上杉家の『お家騒動』の『御館(おたて)の乱』1578(天正6年)の舞台となった所です。
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上杉景勝( `_´)乂(`_´ )上杉景虎

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現在は直江津駅近くの公園となっており、見学中も旦那さんにクルマを運転させながら『歴女』の方が写真を撮っていました。

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●JR 上下浜駅にて
関川を越え、国道8号線で日本海側を北上!
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この頃になると天気が良くなって来た!ハッキリ言うと、暑い( ̄○ ̄;) 
ラーメン屋さんで昼食後、何気に駐車場の先を見ると『駅らしきもの』を発見!
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電波号を止めて、無人の構内へ入ると上下線とも鉄路の先は『いい天気』

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向こうの山の上には『入道雲』が見える…まだ梅雨明けしてないが、もう夏の景色です。


●北陸道(国道8号線)から上輪海水浴場を望む
青い空と日本海。
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その手前には信越本線の鉄路が伸びてました。

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まるで『ジオラマ』みたいだ!



●ナウマンゾウ発掘の地

柏崎市内(鯨波駅付近)に入ると左側に小高い丘が見えて来た。
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何かな?古墳?   近寄るとなんと!『ナウマンゾウ』?  

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ここで昭和39年(1964)に国道工事現場で、ナウマンゾウの化石が発見されました。
恐竜(`<≡ガォー よりは新しい太古の昔に、この辺りを象さんが闊歩してたんですね。


●柏崎市立瑞穂中学校付近
市街地を抜けると『黄色い旗差しもの』が夏の熱風にはためいていました。
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引き続き、【交通安全】で行きましょう!


米百俵
長崎の交差点で国道8号線は頚城平野から山岳部へ入って行きます。
暑い曽地峠(そちとうげ)を登り、下る。

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栃倉酒造の『米百俵』の看板が見えて来た!
『米どころ』『酒どころ』の新潟に来たんだな~♪

※米百俵、戊辰戦争後、長岡藩は家禄も新政府により大幅に削減されてしまいました。
その様な折に、支藩三根山藩より米百俵が贈られました。
生活が困窮している旧藩士は分配を望んでいましたが、文武総督の小林虎三郎は、「人材育成が復興に必要」として国漢学校の前身を創立に役立てました。


●長岡市郊外に到着
田んぼの向こうに『JA越後ながおか』の倉庫が見える。
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●長岡大橋
ここで日本一長い信濃川を渡り市内へ。
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●山本五十六記念館
旧大日本帝国海軍 連合艦隊 司令長官 山本 五十六元帥の明治17年(1884年)の誕生から太平洋戦争で戦死する昭和18年(1943年)4月18日までの『人となり』とエピソードを展示した記念館です。
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館内には撃墜された一式陸攻の左翼の残骸も展示されており、戦争の厳しさを改めて訴えておりましたi~~人(-_- )

『やってみせ 説いてきかせてさせてみて ほめてやらねば人は動かじ』も展示されてました。
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山本五十六記念館の受付の方から、次は何処を見学すのですか?と質問を受け、入館時間があるとは思っていなかった河合継之助記念館を見学する旨を伝えると、時間(とき)は既にに入館可能時間の午後4時半を回ってました。

東京から来た事をご考慮頂き、わざわざ先方の記念館の受付へご連絡頂き、5時までに退館する事で私一人の為だけに入館を許可頂きました。
何て…心優しい人達何だろう、と心が温かくなりました人(-.-)
有難うございました人(-.-)


●河合継之助記念館

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受付の方に遅い時間に見学させていただける旨の感謝とご挨拶を申し上げると、「入館時間以降の入館なので見学料金は要りません」との事でした。
驚くと共に、ますます、長岡が好きになりました。
重ね重ね、有難うございました人(-.-)

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玄関には、北越戊申戦争で活躍した『ガトリング砲』の実物大のレプリカが展示されており、いきなり長岡藩と河合継之助の苦難と激動の歴史を現わしてました。

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今夜は20年振りに『三条酒殿』と楽しいひと時を過ごす事が出来ました。
(〃^∇^)ノ□ お久しぶりです □ミ∇ヽ(゚∀゚*)

有難うございました人(-_- )合掌

■本日の走行距離:78.25km



■7月24日(日) 長岡~新潟:晴れ
●長岡城址
長岡駅前のビルの谷間(長岡市役所:アオーレ長岡)にひっそりと石柱だけの遺構が残ってました。
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これが北越戊申戦争で数倍の明治新政府軍と戦った長岡藩の『お城』の跡かと思うと…少し寂しい限りです。

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●長岡市郊外(国道8号線)

国道8号線(バイパス)で本日の第一目的地のJR燕三条駅を目指しますε=ε=┏( ・_・)┛
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対向車線の方向の美しい水田は、北越戊申戦争で河合継之助率いる長岡藩軍が新政府軍に奇襲をかけた際に渡った『八丁沖』でしょうか?
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●三条市の蓮畑
三条市に入り自転車通行可の歩道を走っていると、『泥より出でて泥に染まらず』お釈迦さまがお座りの美しい蓮畑が見えました蓮は仏教では神聖な花とされてます人(-.-)合掌
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●三条大橋
ここで再び信濃川を渡ります。
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JR燕三条駅まではもうすぐです。

橋の上からは『弥彦神社』がある弥彦山が見えました。
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あそこにも行こう!


●JR燕三条駅
ヤット到着しました。
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仕事で、約20年以上前の寒~い冬の日に?一度ここに来た様な~気がします。

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反対側の燕口には良寛さんと子供の像が有りました。


●弥彦神社の大鳥居
燕三条駅で小休止後、田んぼを切り裂く様に伸びている国道289号線で弥彦神社へと向かう。
この頃になると、陽が高くなるに合わせて気温も高くなり、陽射しが眩しく、路面に逃水現象が現れる。
相当紫外線が強いだろ…日焼けしてしまう(・_・;)

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前方に道を塞ぐような巨大な鳥居が現れる、もうじき「おやひこさま」『弥彦神社』だ!
それにしても大きいな…。なかなか全体の画像がデジカメに収まらないので困りました。


●弥彦駅
弥彦線の鉄路と平行する様に道は進む。
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それにしても暑いな…(*_*)熱中症になりそうだ!
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何時しか古風なお寺の様な駅舎の弥彦駅へ到着。

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駅前にはボトルカーが停まり。
汗だくでジュースを自動販売機へ詰め込むニーチャン達の姿に、少年時代にコーラ運びのアルバイトをしていた自分の姿を重ね合わせました。
昔は350mlのスチール缶が出たばかりで、積載のほとんどがガラス製の500mlや1Lと重たい炭酸のタンクでした。
あの頃も今日の様に暑かったな…若かったな。
おまけにボトルカーが空になると二往復するほど忙しかった事を覚えてます。


●弥彦神社
弥彦神社で今回にツーリングの安全を祈願しました人(-.-)合掌・・・宜しくお願いします。
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お参り後、晴れ渡った『越後平野』を国道116号線で、今夜の宿泊地新潟駅前へと向かう。


●新潟平野
余りにも素晴らしく、走り易い地形と、順風にも恵まれた一日が過ぎ去ろうとしてます。
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この風景はまるで北海道みたいでしたε=ε=┏(*^_^*)┛


●新潟駅
日本海側で最大級の駅舎で、現在も工事が行われていました。
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●新潟駅(万代口)
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それにしても懐かしい思い出ばかりなり…。

●萬代橋
ここが有名な萬代橋か?
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信濃川河口が近い為か、海鳥が頭上を飛んでいる…。
腹も減ったし…駅前の宿へ行くとするか!


■本日の走行距離:94.26km
■■累計走行距離:172.51km

電波おやじ2016北陸の旅 PARⅦ(7/7日目)

■5月5日(木)上越市 直江津:晴れ時々曇り
今日は「旅」の最終日、昼頃まで上杉謙信ゆかりの「春日山城趾」等を見学しました。

はやる気持ちで、えちごトキメキ鉄道で直江津駅を出発!
すぐに春日山駅に到着。
駅前広場?には誰もいない…もちろんタクシー等も停まっていない。
徒歩では時間がかかりそうなのでバスで行く事にしました。

住宅地に面したバス停で降りると、朝陽をに輝く「春日山」が田園風景の向こうに見える。
あそこまで徒歩~? 「電波号さえ有れば…。」と悲しくなって来た。

帰りのバスの時間を調べましたが…駅には90分に1~2本しか戻らない運行ダイヤルでした。

この辺りは昔はどんな地形をしていたんだろか?
お城の麓に有るからこの辺りは文字通りの城下町?
何~て考えながら、初夏の陽射しがまぶしい、田畑の中の道を仕方なく、スタスタ歩く事に…。

自転車のSPEEDに身体が慣れた為、目的地になかなか着かないのが少し「じれったい」


●春日神社
朱色の鳥居が見える、「行きがけの駄賃」のつもりで見学開始∠('-')
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鳥居の先には木立に囲まれた高く薄暗い参道があり、その先には、長~い階段が有りました。

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何段有ったか?忘れました。

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長~い階段を登って来て少し火照った身体には、鳥の囀りが響き渡る境内のヒンヤリとした風が心地よかった。

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●春日山神社
「春日神社」の後は「春日山神社」「春日山城址」へと向かいました。
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こちらも長~い階段を登らないと「参拝」出来ません!

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この神社もお山の中腹に建っています。本丸までは登り坂が続き先が長いです。

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●春日山城趾
春日山城趾と博物館を巡回するバス停の前に有る高台に「よく来た、待っていたぞ」と言わんばかりの頭巾を被った「上杉謙信豪公」の像が有りました。

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「やっと、御目にかかる事が出来まして、光栄です」と写真を撮る。

春日山城趾の本丸や天守台は、ここから見える谷を挟んだ山の頂上に有ります。
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登坂をいろいろ見学しながら登ると、天守閣までは3~40分は掛かるだろう!

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それにしても、よくこんなに険しい山を削って「お城」を造ったもんだな…と関心しながら本丸・天守台を目指して登山開始∠('-')

●三ノ丸跡
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●上杉三郎宅跡
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上杉三郎さんは、越相同盟時に北条氏康の七男で、上杉氏と北条氏の同盟締結の際に謙信公の養子となった方です。
「軍神」上杉謙信公が甥の上杉景勝と共に後継者候補でした。

しかしながら、謙信公の死後、景勝と後継者争いで対立し「御館の乱」1578(天正6年)から1580(天正8年)で景勝さんとの( `_´)乂(`_´ )に敗れてご自害されましたi~~人(-.-)合掌


●二ノ丸跡
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●天守閣跡からの眺望
どうにか、頂上へ到着しました。
階段や斜面を登るのは結構キツカッタですが、ここからの眺めは素晴らしい!
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微かに日本海が望めました。

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妙高の山々の残雪が美しかったです!

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●春日山城址
謙信公率いる越後勢は、妙高高原を越えて武田信玄が待ち受ける『川中島』( `_´)乂(`_´ )へ、そして更に、三国峠を越えて関東の北条氏康が守る『小田原城』へヽ(*`0´)ノ立ち向かって行ったと思うと、当時の人々のバイタリティーには驚くばかりです∠('-')
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これは576年(天正4年)に能登国に侵攻した「上杉謙信公」が落城間際の七尾城を眺めながら詠んだ有名な「漢詩」です。
(〃^∇^)ノ□ミ∇ヽ(゚∀゚*)諸将共にお酒でも飲みながら詠んだのでしょうか?

●●CAM00996_convert_20160806122257

霜満軍営秋気清 ( 霜は軍営に満ちて 秋気清し )
数行過雁月三更 ( 数行の過雁(かがん) 月 三更(さんこう) )
越山併得能州景 ( 越山併わせ得たり 能州の景 )
遮莫家郷懐遠征 ( 遮莫(さもあらばあれ)家郷 遠征を憶(おも)う )

【 漢詩の意味 】
霜は陣営に満ちて秋気清く
数列の雁が飛び去り真夜中の月はいよいよ冴え渡る
戦勝の陣中に祝宴を張れば時あたかも十三夜の名月中天に冴え渡り
越後の山々に能登の景色まで併せ賞する事ができて武人の本懐である
さればままよ家郷の者達がこのような遠征にある身を気づかうともそれは仕方がない事である。

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●本丸跡
頚城平野と日本海の眺望が見事でした。
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●護摩堂跡

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●毘沙門堂跡
謙信公が出陣前に戦勝を祈願した所として有名なお堂です人(-_- )合掌
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●直江山城守宅跡
上杉家の重臣。直江兼次の邸宅跡です。
本丸に近くにある事は上杉家がいかの彼を頼りにしていたかを伺い知る事が出来ます。
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●虎口
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●御花畑跡
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●帯廓
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●空堀

現在でも搦め手と本丸方面を連絡する深い「切通し」となっており、築城当時の深さは想像できません。
ここを越えて行くには大変な困難が待ち受けていたと思います( `_´)乂(`_´ )
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千貫門から空堀を見ると、堀の深さが分かります。
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●千貫門
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春日山神社へ抜ける山道を下る途中で、可愛い~うす紫色の「シャガ」の花が咲いていました。

初夏の日差しに輝く「春日山城址」から、謙信公の銅像前に戻り、小休止。
巡回バスで上越市埋蔵文化財センターへと向かう。


●上越市埋蔵文化財センター
ここでは謙信公や春日山城址を紹介する資料やレプリカが「越後上越謙信公と春日山城展」として常設展示されていました。
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謙信公の鎧です。

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●林泉寺
謙信公は享禄3年(1530年)、春日山城で越後守護代であった父長尾為影公と母虎御前の間に生まれました。
7歳から林泉寺を学問所として学ばれました。
同寺の七世益翁宗兼(やくおうしゅうけん)大和尚から『第一義』の真意を学ばれて二階造りの山門を寄進、更に山号『春日山』、『第一義』の大額を揮毫され掲げられました。
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惣門そうもん
謙信公により春日山城から移築されました。
往時を今に伝える唯一の門です。
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カキツバタの向こうには山門が見えます。
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山門
謙信公建立の山門は江戸時代末期の地震で焼失し、大正時代に再建されました。
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山門には謙信公の直筆による大額が掲げられていました。
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こちら側の大額には【春日山】の文字

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第一義_convert_20160809220609
こちら側の大額には【第一義】の文字

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山門の天井にはいまにも飛び出して来そうな二匹の龍の絵が描かれていました。

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天正6年(1578年)3月、49歳で春日山城でお亡くなりになった謙信公のお墓です。

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i~~人(-_- )合掌・・・謙信公 ご挨拶に参りました。

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本堂
平成9年 開創500年を記念して建立されました。
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林泉寺を見学したあと、春日山駅まで徒歩で向かいました。
何気に振り返れば、春日山が輝いてました。
謙信公、また、参ります∠('-')

●春日山駅
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トキメキ鉄道で直江津駅へ向かい、そこからはJR信越本線で長岡駅へ。
更に上越新幹線で大宮経由で練馬の自宅に戻りました。

次は、ここから日本海側を北上して、竜飛岬経由青森までツーリングしたいと思います。
プロフィール

55GATs

Author:55GATs
年齢56歳 男性 血液型O型 身長176㎝ 体重67.4㎏ 体脂肪率21.4% BMI21.8 内臓脂肪レベル7 体年齢41歳 未婚
某通信会社勤務 
趣味:①ロードスポーツサイクルでの全国縦断の旅。札幌~稚内を走破すれば「全国縦断達成」②1/144の戦車や飛行機スケールモデル造り。③読書(特に歴史時代小説)④映画観賞(但し、ホラー等の怖い、気持ち悪いのはダメ)⑤TV視聴:頭を使わない『白痴TV番組』等が多い。
⑥お酒は何でもOK(お付き合い程度)

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